管理人山猫礼と副管理人ユースケによる小説と絵のブログ 毎週水曜更新b


by eternal-d-soul
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カテゴリ:連載小説:剣客奇譚カルナ( 28 )

 闇には気配がある。人はいつからそんなことも忘れてしまったのだろう? 文明という名の光は確かに闇を包み隠した。しかし、それは闇が消えたことは意味していない。むしろ光が強くなった分、光が幅を利かせた分、闇はより色濃く、深く……この世界を侵していっているというのに……。人は腐抜けてしまった。自ら闇に隙を見せるようになった。まったく、愚かなことだ。
「……」
 そこは屋上だった。学校が見渡せるその場所に舞愛は目を閉じ、跪いていた。セラはその横で小さい状態のままフワフワと浮かび、静かにその様子を見守っている。
「……」
 感覚が走る。そこに物理的な法則は存在しない。空間を感覚自体が走る。場所そのものを感知する、何が居るかを感じ取る……実体というものを遙かに超えた存在を視る。仁には「探す」と言ったが、一般人の言う「探す」とは次元が違う。厳密には探すことに変わりはないが。
「……確かにここに居るわね」
 ゆっくりと舞愛が目を開ける。
「見つかった?」
 走査状態を解いた舞愛にセラが話しかける。
 走査……簡略してそう呼ばれる術式……いや、人本来の能力という方が正しいだろうか……集中し感覚を研ぎ澄まし、走らせる。行うためにはセラのような術式構成体の増幅の力を介する必要があるが、慣れればかなりの範囲に何が居るのかを感じ取ることが出来る。「天」に所属する者にとっては基本中の基本の技能だ。
「一応……って言うべきかしらね?」
 舞愛はふぅっと溜息をついた。
「一応?」
「さすがに人が多すぎるわ……こんだけの気配があると細かい場所まで分からない……昼だから向こうもナリを潜めてるみたいだし」
 頭をぽりぽりと掻きながら舞愛は立ち上がった。
「ま、捜査の基本は足っていうし、地味にいきますかね」
 大きく一つ伸びをして二人は校舎に入っていった。

「仁! 今までどこほっつき歩いてたのよ!!」
 仁が生徒会本部戻るなり、未優の怒鳴り声が響きわたった。
「な、な、何!?」
 いきなり怒られて何が何か分からないままに仁はその場でオロオロと狼狽える。
「ネタはあがってんのよ!! あんたがさっさと仕事終わらせて、ブラブラしてたの知ってるんだから!!」
 未悠は仁に飛びかかりそうな勢いで詰め寄った。唾がかかる距離に仁が一歩、二歩とあとずさる。
「な、なんで……」
「なんで知ってるかって!? 教えてあげましょう!? 山代先輩が他の仕事で回ってたときに見たそうよ! しかも女連れのあんたをね!!」
 顔を真っ赤にしながら未悠は仁いよいよ壁に追いつめた。
「お、女連れって!?」
 仁は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。舞愛と一緒に居たのは事実だが、それにしても言い方があんまりである。
「いや~、見たときは驚いたぞ上梨。まさかお前に彼女がいるとはなぁ……しかもあんなハデなタイプが好みとは……」
 眼鏡をクィっとあげながら無責任にも呟いたのは生徒会長の山代その人だった。
「なっ!? かかか、彼女!?!?」
「彼女なの!?」
 未悠が素っ頓狂な声を出して仁を見た。
「そ、そそそ、そんなワケないだろう!?」
 否定する仁だったが、完全に焦った素振りの今の仁には何の説得力もなかった。たとえ事実無根でもいきなり嫌疑が掛けられれば誰だって焦ってしまうものだ。
「もう! 知らない!!」
 そんな仁の胸中を察することもなく、未悠はズンズンと地響きがしそうな勢いで生徒会本部から出て行った。気まずい沈黙が流れる生徒会本部……最初に口を開いたのはまたも山代だった。
「上梨……これも自業自得だな……二股はいかんよ? 二股は」
「ひ、ヒドイですよ! 会長!!」
「ん?」
 半ば涙目になりながら仁は山代に詰め寄った。
「確かに女の人とは居ましたけど……! あれは知り合いであって彼女じゃないです!! 大体二股ってなんですか!?」
「はっはははー! またまた、そんな冗談を……」
「どうみたってそんな雰囲気じゃなかったでしょう!?」
 仁の真に迫る剣幕に徐々に山代の表情が固まっていく。
「あれ……ひょっとして違った……? ま、まぁ確認したわけじゃなかったけど……あ、あれ?」
「……どうしてくれるんですか……なんか良く分からないですけど未悠怒らせちゃったみたいですし……」
 仁が色々な意味でよく分かっていないことに山代はツッコミたい気分に駆られたがそこはジッとこらえた。今これ以上仁を刺激するのは良策ではないと踏んだからだ。
「分かった分かった! 悪かったよ上梨! ちゃんと芦尾君には僕から説明するから! このとーり!!」
「ホントにお願いしますよ!!」
 仁は今にも泣き出しそうな顔だ。
「分かってる分かってる! ちゃんと僕が説明するから! 悪かった!! 許してくれ!」
 とにかく平謝り。こういうときはこれに限りる。山代はそう思った。

 校舎の中は走査した通りに多くの人で溢れかえっていた。
「人多いねー」
 いつの間にか人間サイズになったセラが舞愛の横で呟いた。
「私、人が多いすぎるとこってどうも好きじゃないのよねぇ……ここ狭いし」
 舞愛は顔をしかめた。
「まぁ仕方ないよ。なんといっても学園祭でしょー? 娯楽の無いガクセー諸君にはジューダイなイベントなんだよ」
「あーやだやだ。学生ってのは貧乏でイヤね」
 哀れみと皮肉がこもった声で舞愛が言う。
「舞愛だって学生じゃん?」
「私は収入あるじゃない? ちゃんと。だから貧乏じゃないわけ。オーケー?」
「あー確かに。なるほどねぇ」
 いつも通りどこか抜けた会話をしながら二人は校舎を歩き回っていた。
「ねぇ、なんかアタシたち目立ってない?」
「そう?」
 舞愛は大して気にしていない風だったが、実際に二人はかなり目立っていた。それもそのはずだ。舞愛は相変わらず赤黒を基調としたビジュアル系の服装、セラは肌の色が褐色というだけでもかなり目立つ上に、服装が機械的なパーツが付いたワンピースだ。好奇心旺盛な学生がこんな二人を見逃すはずがない。
「いちおーさ、アタシたち目立ちすぎるとマズイんじゃない?」
「そう?」
 天という組織は公にはされていない。看板を背負っているわけでもないので、すぐにバレることは無いだろう。しかし、あまり目立ちすぎると魔種が暴れたときに色々と都合が悪いことになる可能性だってある。
「少々のことは私たちの仲間がもみ消してくれるわ。そこが組織の強みってヤツよ」
「それはそーだけどー……」
 セラが何か言いかけたとき、後ろから誰かが当たってきた。
「いった!」
「ご、ごめんなさい!」
 それは制服を着た眼鏡の少女だった。一礼だけすると、セミロングの栗色の髪を翻して少女は近くに部屋に入っていった。
「大丈夫、セラ?」
 急な事に舞愛は惚けたような顔をしていた。
「うん、全然平気。でも……なんかあの人泣いてたよ?」
 同じように惚けた顔をしてセラが呟いた。
「よっぽど痛かったのかしら?」
「たぶん違うと思うけど……」
「ならなんで……ん?」
 ふと舞愛が表情を変える。何かをみるように目を細めた。
「どうしたの?」
「ここ……」
 舞愛の顔が険しくなる。そこは今、少女が入って行った部屋……そこはある程度のスペースがある会議室の様だ。そして入り口にはこう書いてあった『おばけ屋敷』。
「ここ……ここに居るわ……」
 感覚が告げていた。ここまで近ければセラに増幅してもらうまでもなく分かる。それは間違いなく魔種の気配。
「……みたいだね……これ、ケッコーマズくない?」
 セラも雰囲気を感じ取ったらしく声のトーンを落とした。
「良い場所選ぶわね……とにかく入りましょう」
 昼間でも暗い場所、適度に人が来る場所……そこは魔種にとって都合の良い場所。人が消える場所……。
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by eternal-d-soul | 2007-12-26 07:05 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
「この学校に魔種が潜んでるって……そんなウソでしょう?」
 仁が青ざめた顔で舞愛に確かめるように聞き返す。
「私がこんなにタチの悪い冗談を言うと思う?」
 ――言うと思う……――
 そう思ったのは仁ではなくセラだった。あえて口にはしないが。
 ソースが未だに舞愛の口元についているが、仁はそんなことが気にならないほどの衝撃を受けていた。
「そんな……この学校にまた化け物が……」
 次々と倒れていった生徒会役員、それに目の前で襲われた未悠……仁にとっては思い出したくない記憶だ。
「また? どうゆうこと?」
「俺がカルナになったきっかけみたいなもんです……」
 仁は簡単に以前、この学校に蛙の魔種が現れたこと、そしてそこで東郷に会った事を舞愛達に説明した。
「なるほどね……」
 舞愛は神妙な面持ちで唸った。
「だから……まさかまたここに現れるなんて……」
「いや、それはむしろ逆ね」
「え?」
 予想していなかった舞愛の言葉に仁は目を見張った。
「魔種が出現する場所にはある程度傾向があるわ。まぁ、全部が全部ってわけでもないけど。でも、一度でも魔種が出現した場所にはその素質……っていう言い方は悪いかもだけど、また出現する可能性は高いってこと」
「そんな……」
 舞愛の言葉に愕然とする。それはこれからも魔種がここに現れ続ける、そういうことだからだ。
「だったら今すぐにでも俺が……っ!」
 今できることは一秒でも早く魔種を片づけること……。仁は決意して立ち上が――
「まぁまぁ待ちなさいって」
「どわっ!?」
 ――ろうとして舞愛に肩を掴まれて勢いを殺された。そのままバランスを崩して非常階段の角に頭を強かに打ち付けた。
「っい~~~~~~!!!」
 激痛+鈍痛に仁は狭い階段の上であり得ないほどのたうつ。
「うっわ~……いったそ~……」
 セラはそれを見下ろしながら引き気味に呟いた。
「今回の件は私が処理するわ。この前の借りもあるしね」
 舞愛はそんなことは一切気にせずにすっくと立ち上がった。微妙に言ってることとやってる事が矛盾しているが……。
「ま、舞愛さん……」
 頭をさすりながら仁がどうにか起きあがる。これで怒らないあたり仁は大人だ。もしくは単純に舞愛に気圧されているか。
「あんたは文化祭で忙しいでしょ? 生徒会役員っていったらメンドくさいことの一切合財を引き受ける、超がつくダルイことやってるトコなんだから大変なんでしょ?」
「あ、ああ……まぁそうですが……」
 色々と言い回しに難があるような言い回しだが、仁はあえてそこには触れないことにした。触れてしまったら、またややこしいことになりそうな予感がしたからだ……。
「でしょ? だったらここは私に任せときなさい」
「はぁ……」
 言うが早いか、舞愛は立ち上がりガッっと拳を握った。
「よっし! そんじゃー早速探すわよ!」
「いってらっしゃーい」
 セラが舞愛にパタパタと手を振る。
「何言ってんの? セラも行くのよ」
「えー、アタシもー?」
 舞愛の言葉にセラは抗議の声をあげた。
「一人で探すの面倒じゃない? 二人で行けば効率も二倍よ」
「まぁ仕方ない、っか。手伝うよー」
 妙な説得にあっさり乗ってセラは小型モードのまま舞愛の肩に乗った。
「それじゃあ、仁。あんたは頑張って自分の仕事してないさいよ?」
「は、はぁ……」
 一方的な会話と舞愛の勢いに気圧されて仁は苦笑いで頷いた。流されっぱなしもいいところだ。
「そんじゃ、どっから探そうか?セラ」
「そうだねぇ……」
 相談をしながら舞愛とセラは非常階段を一緒に後にした。
「一緒に行動したら効率二倍にならないんじゃ……」
 仁の呟きは二人には届かなかった。色んな意味で。

「で、確認したいんだけど」
「ん? 何?」
「なんで仁を連れていかなかったの?」
 非常階段から離れ、まだ人気が少ないところでセラが舞愛に真面目な口調で訊いてきた。
「どういうこと?」
 セラの問いかけに舞愛は首を傾げた。
「ウソ。分かってるくせに」
「……」
 いや、傾げたフリをしただけだった。セラが何を言いたいのか、舞愛には分かっている。つまり……。
「仁のこと……信用してないの?」
 舞愛の表情が今までのとぼけた顔から重いものに一瞬で変化する。セラは別段驚かない。それが本来の舞愛の顔だからだ。元々舞愛の性格は人前で見せるほど破天荒で抜けたものではない。あの若さで天魔剣という天の秘宝にして最大の戦力の一つを託されるほどの実力を持つことはただ事ではない。冷徹なまでに任務をこなすには心を殺すほどの精神的な強さは不可欠。人前での自分……それは彼女にとっては所詮、仮面でしかない。
「別に信頼してないわけじゃないわ……ただ、カルナは危険よ。大師がどう言われようともね」
「舞愛は用心深いもんね」
「不確定要素は必要ないわ。少なくとも、私の戦いにはね」
 舞愛の声と言葉にいつものような抑揚はない。淡々とした事務的な口調だ。
「……そうかもね」
「分かったらさっさと探すわよ? あんたの探索能力をフル稼働させれば簡単でしょ?」
「そうだね。でも、舞愛。探す前に一つ言っておきたいことがあるの」
 セラが少し重い口調で言う。
「何? 仁のことだったらもう聞きたくないわ」
「ううん、そうじゃない」
「何よ?」
 予想を外して舞愛が訝しげな表情でセラを見る。
「舞愛の口の周り……ソースつきっぱなしだよ?」
「……」
「……」
 舞愛の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「さっ、先に言いなさいよ! そーいうことはっ!」
「だって! 仁の前で言ったら可哀相じゃん!」
「だからって!!」
 ……やはり舞愛はホント抜けているのかもしれない。
 セラは内心でそんなことを思っていた。
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by eternal-d-soul | 2007-11-06 07:42 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
 文化祭当日……仁が通う暁市内の公立高校、秋月高校(あきづきこうこう)は地元の学生達で賑わっていた。電車を使えば都内まで二時間強というこの場所は案外娯楽があまりない。もちろん都内に出れば娯楽は溢れるほどあるが、むしろそういう立地だからこそ暁市のような近からず遠からずの場所には娯楽らしい娯楽がないとも言える。
それに掛かる時間と費用からこの辺りの学生はそう頻繁に出かけることは出来ない。学生が貧乏で時間がないのはいつの時代も同じ。そういった意味でもこの手の娯楽に食いつく人達は山ほどいる。平たく言えば微妙な暇人が多いということだ。
 そんなわけで大賑わいを見せる文化祭の運営は猫の手も借りたいほどの大忙しだ。
「2-Bの模擬店でイザコザだって! ちょっと誰かいって収集つけて!!」
 三年の女子生徒会役員が携帯電話を片手に指示を飛ばす。
「落とし物管理が人手不足だ!! 手が空いてる奴はいないかー!?」
 落とし物管理から来た同じく三年の男子生徒会役員が壊れんばかりの勢いでドアを開いて必死の形相で叫ぶ。勿論手の空いている人間など一人も居ない。
「1-Cの模擬店に電気まわってないってよ! 仁! どういうことか確認して!!」
 内線の受話器を片手に未悠が大声を上げる。
 仁もそんな運営の一人だけあって相当に動き回るハメになっている。
「イザコザに電気の確認?……参ったなぁ……」
 本部に他に男手が……厳密には頼りになる男手……なかったこともあって2-Bの模擬店で起こっているイザコザの解決には仁が駆り出された。ついでに未悠から工具を無理矢理持たされて「ついでに1-Cの模擬店に繋がるコードを確認してきて!」とのお達しまで受けることになった。
「ついでについでに……仕方ない、か」
 溜息をつきながら仁は校舎のすぐ側に出店している2-Bの模擬店に向かった。そこは既に小さな人だかりが出来ていた。その中心からは何やら女性の怒鳴り声が聞こえてくる。
「だーからさ!! どう見たってこのポイ、紙薄すぎでしょーが!!」
「そんなこと言われても、これは普通に買ってきたポイで……!!」
「普通に買ってきたポイを改造して薄くしたんじゃないの? いほーかいぞーってヤツをさ!」
「なんでそんな面倒なことしなきゃーならないんだ!!」
「ボッタクリよ! ボッタクるために決まってるじゃない!!」
 ぎゃあぎゃあという喚き声に乗って野次を飛ばす観客達に囲まれて、模擬店の前の様子はまるで分からなくなっていた。
「どう止めろって言うんだよ……」
 本日何度目になるか分からない溜息をたっぷりついてから、仁は意を決して人の壁に入っていた。
「ちょ、ちょっと! どいてください! 生徒会です!」
 押し合いへし合いされながら人を掻き分け掻き分け、仁がどうにかこうにか模擬店の前に進んでいく。
「いてて……なんでこんな目に……」
足を踏まれたり、肘が脇腹に食い込んだりと酷い目に遭いながらも仁は人の壁を抜けることに成功した。
「どー考えたって薄いでしょーが!! ほら! こうやって見たら向側が丸見えじゃない!! ま る み え!!」
「普通、紙は透けるでしょうが!! 透けないような分厚い紙のポイなんかあるわけないだろう!!」
 そこではやたらと派手な服装の少女と「金魚」と書いてあるTシャツを来た仁の学校の男子生徒が掴みかからんばかりの勢いで口論を白熱させていた。
「よくもまぁそんなに次から次へと言い訳が沸いて出てくるわね! 詐欺師にでもなったほーがいいんじゃない!?」
「なっ……! お前!!」
 今にも殴り合いのケンカになりそうな二人の間に仁が割ってはいる。
「まぁまぁまぁ! ちょっと落ち着いて下さいよ二人とも!!」
「誰だ!? 邪魔するな!!」
「そーよ! 邪魔するんじゃないわよ!!」
 そういうところだけ意気投合する少女と男子生徒。勘弁してくれよ……もう……、内心でそう思った仁を見て少女の動きが止まる。
「あれ? 仁?」
「え?」
「へ?」
 同時に金魚Tシャツの男子生徒の動きも止まり、仁の動きも止まる。
「なんであんたここにいるの?」
 よく聞くと仁はその声に聞き覚えがあった。良く通るキレのある声……女性らしさの中に確かな力強さを持った声……それに派手な服装……。
「舞愛さん? 舞愛さんこそなんで……」

「生徒会ねー。それはそれはご苦労なことね」
 模擬店で買った焼そばを食べながら舞愛は言った。
「高校生ですからね。色々ありますよ」
 二人は校舎裏の人気が少ない非常階段に座っていた。思わぬ知人の登場にクールダウンしてしまった舞愛を引き留め、未だにヒートアップしている金魚Tシャツをなだめて、その上1-Cの模擬店へのコードの接続の悪かった部分を補修して、とにかく色々あって二人はここに落ち着いたというわけだ。
「大変ねー。まぁ、ヒマよりはずっといいと思うけど」
 舞愛は呑気な様子で焼そばを口に運ぶ。
「それにしても、なんで舞愛さんがここに? 普通に遊びにきたんですか?」
 今まで忙しくて聞けなかったことを仁が訊く。
「ふぉんふぁふぁけふぁいふぁふぁい」
「え?」
「ふぁから、ふぉんふぁふぁふぁけふぁいふぁふぁい」
「とりあえず飲み込んでから話して下さい……」
 口に物を入れたまま喋ろうとする舞愛に半ば呆れながら仁が溜息をつく。
「アタシが呼んだんだよ」
 仁が声のした方向に目を向けると、そこには小さいヴァージョンのセラがいつの間にか立っていた。
「セラが? なんで?」
 まさかヒマだから呼んだのかな……? と仁は一瞬思ったが言葉に出さずに飲み込んだ。
「あんた、まだまだ鈍いわね」
 焼そばを食べ終わった舞愛が急に鋭い声でいった。
「え?」
 仁が目を向けると、先程までの「一般人」の顔だった舞愛は既に「そうではない」顔に変わっていた。尖るように光った眼光、凛とした表情……まだ数回しか仁は見たことがない舞愛の本気の顔だ。ただ、口の周りにソースが付いているのであまりサマにはなっていない。
 口の周りのソースには気付かずに舞愛は続ける。
「この学校……魔種が潜んでるわよ」
「えっ……!?」
 仁の顔がみるみる青ざめていく。
 それは仁にとって最悪の話だった。
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by eternal-d-soul | 2007-10-18 07:55 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
 仁が庸司と戦い、天に属するようになってから一週間……彼の周りの時間は、彼が思っていたよりも随分と平和に回っていた。
「あーもう! 仁! そこ違う! こっちだってば!!」
「わ、分かってるって! こっちだろ? こっち!」
「あーだからもぅ!!! 違うって!! こっちー!!」
 彼は今、退院した未悠や他の生徒会役員、クラスメイト達と文化祭の準備に追われている。勉強に、クラスの出し物の手伝いに、生徒会の仕事にと彼は忙しい生活を送っては居たが、同時に充実したものだとも感じていた。
それはどこにでもある高校生の生活。しかし、彼が確実に失い掛けている日常であった。
「随分楽しそうじゃん?」
「ん? ああ、まぁね」
 休み時間になった彼は缶コーヒーとサンドイッチを片手に屋上に出ていた。セラがいつも付いている(憑いている?)ため人気が少ないここに来るのが最近の定番になっている。ここならセラも伸び伸びと通常の人の姿になれる。セラ曰く、小さくなったり姿を消したりすると肩が凝るそうだ。とはいえ実体があるわけではないから、「精神的な問題」ということらしい。
「大変だけどやりがいはあるしな。なんかこう……自分の力を出すぞ!っていうかね」
 仁が缶コーヒーをぐっと握って力強く言う。
「ふーん……まぁ、ちんたらちんたら遊んでるよりは有意義なのかもねー」
 セラの言葉に仁の力がカクっと抜けた。
「ははは……手厳しいなぁ……」
苦笑いをしながら仁はサンドイッチをほおばった。
 仁はこのセラの辛口にもかなり慣れてきていた。当初こそ戸惑いもしたが、慣れてしまえばなんてことはなんのことはない。少し口の悪い友人はたくさん居る。セラの存在が仁の中の「悪友リスト」に名を連ねるのにそう時間はかからなかった。
「それにしてもみんな頑張るよねぇー。なんでこんなことに張り切ってるの?」
 セラは大きく欠伸をしながらグラウンドで忙しなく模擬店の準備をしている生徒を眺めている。
「なんで……って言われるとちょっと困るかもなぁ。学校行事だし、それなりに楽しい殻……ってとこかな?」
「ふーん……」
 仁の釈然としない答えを聞きながらも、セラが一瞬寂しそうな顔を見せた。いつもの子供っぽい雰囲気のセラとは違う別の顔……仁はその表情にどこか胸騒ぎを覚えた。
「セラ?」
「あ! ここに居たの? 仁」
 仁がセラに何か訊くよりも早く、ドアが開いて未悠が屋上に姿を見せた。
「み、未悠……!?」
 仁が慌ててセラを隠そうとする、がすでにそこに彼女の姿はなかった。キョロキョロと周りを見る、がやはり姿はない。すると耳元で、「そんなヘマするわけないじゃん?」と小さい声が聞こえた。
「どうしたの仁? なんかあったの?」
 挙動不審な仁を不思議に思い未悠が首を傾げる。
「い、いや……」
『もう姿を消したのか……』
 こうなると仁にもセラの姿は見えない。もともと実体がないから姿を消すのも小さくなるのも大したことはない……仁はそうセラから聞いていた。
『それにしても早いなぁ……』
 とはいえ実際に見たのは初めてなので、仁は驚くやら関心するやらだった。
「ふーん、ま、いいわ。ご飯食べよ?」
 そんな事情があるとは知らない未悠は、不思議がりながらも仁の横に座った。そしてその手に持った特大の包みを仁の前にドン!と置いた。
「な、なんだ……コレ?」
「何って……ご飯よ。お昼ご飯」
 未悠が慣れた手つきで包みを取ると、その中から三段重ねになった弁当箱が姿を現した。フタを外し、三段になった弁当箱が仁の前に広げられる。
「どう? これ? なかなかでしょ?」
「確かに良いデキだけど……」
 未悠は得意げな顔で胸を張った。確かに未悠が取り出したお弁当はかなり出来がいい。その見栄えもさることながら、彩りの加減や栄養バランスもかなり考えて作られている。
 しかし、そんなお弁当を見て仁が口にした言葉は……
「未悠……お前いつからこんなに食うようになったんだ? 太るぞ?」
 食品の知識以前に彼には思慮深さが欠けていた。
「なっ!!??」
 未悠の顔がみるみる真っ赤になっていく。それに反比例するように仁の顔はどんどん青ざめていく。
「あ、あの~……未悠……さん?」
 怒りオーラを発散する未悠を前に仁は『な、何か悪いことを言ったのか……?』と冷や汗を流した。
「あんたねぇ……どう考えたら私がコレを全部一人で食べるのかしら……?」
「あ、その……えーと……」
 仁はしろどろもどろになりながら必死に言い訳を考えるが……生憎、彼の頭はそういった方面にはめっきり向いていなかった。良案が出るはずもない。嘘も方便、とはよく言ったものである。こういった時にこそ本当に必要なのだろうに。何も浮かばなければ何の意味もない。
「じーんー……!!」
「ひぃ……!」
 今まさに殴りかかられようかという所で、横から襲いかかる殺気がふっと消えた。
「……??」
 仁の経験上、このパターンでは例外なく攻撃を食らうはずなのだが……。
「ま……こんなんで怒ったって仕方ない、か。仁は“にぶちん”だし」
「え?」
 未悠はふぅっと溜息をついて、殴りかかるために半分浮いていた腰を降ろした。そして掛けていた眼鏡を外す。
「そのお弁当は仁のために作ってきたんだよ?」
 仁から少し目線を外して、どこかバツが悪そうに頬を赤くしながら未悠が言った。
「えっ!?」
 仁の方も仁の方で予想にない言葉を聞いて視線がフラフラと動き、先程よりもよほど落ち着かない様子でオロオロしている。そんな仁と同じように未悠も落ち着かない様子で、
「ほら……仁、あの時私のこと助けてくれたでしょ? そのお礼っていうか……なんていうか……お見舞いとか来てくれ嬉しかったし……だからその……仁いつもロクなもの食べてないしさ……とにかくたまにはまともな物をっていうか……だから……その……」
 最後の方の言葉はほとんど消えかけていた。
「あ、ありが……とう……」
 仁も顔を赤くしながら目を逸らせた。
「と、とりあえず食べてよ!」
「あ、う、うん……」
 弁当箱と一緒に包んであったお箸を取り、おずおずと仁が料理に箸を伸ばす。
「おいしい……?」
「……うん……おいしい」
「……」
「……」
 妙な無言の時間が流れる。仁がゆっくりと未悠の方に目を向けると、
「うそ。今微妙に間があった!」
 ジト目の未悠がそこに居た。
「う、うそじゃないって!!」
「おいしそうに食べてない!」
「そんなこと言ったってよ!」
「じゃあ、なんなのよ!!」
 一瞬の良い雰囲気はどこ吹く風、あっという間に何を言っているかも分からないような言い合いに変わってしまった。いや……それでも二人はどこか幸せそうに見えた。少なくとも、姿を消して側に居たセラの目からは。 
「……」
 仁と未悠。二人の姿を横目にしながら、セラはその場からゆっくりと離れた。それは普通の日常、というものが少しセラには痛かったからかもしれない。
「……?」
 セラが何かを感じて辺りを見回す。だがそれが何なのか、どこからなのかは感じた時間があまりにも短すぎて分からなかった。
「……とりあえず舞愛に連絡しとく、か」
 気乗りしなかったが、仕事は仕事。万が一に備えるのは大事だ。セラはそう言い聞かせて気を集中し始めた。セラの意識が、いやセラ自体が飛ぶ。龍脈と呼ばれる気の流れに乗り、舞愛の居るところまで飛んでいく。

 そこは人気のない無人の教室だった。その中ほどの席に一人の少女が眠っていた。メッシュの入った髪、目を引く派手な服装……舞愛だ。
「……いあ! 舞愛!」
「……?」
 セラの声に舞愛が目を覚まし、のっそりと起きあがる。その動きはとても年頃の女の子には見えない。どちらかと言えば二日酔いのオヤジが苦しみながら起きあがってるような印象だ。
「どうしたよー……眠いのよー……」
 寝ぼけながら舞愛がセラに答えた。
「もー、しっかりしてよー! 仁の学校に変な気を感じたんだから!」
「へんなき……? どんな木……?」
「あー……ダメだこりゃ……」
 寝起きが最悪の舞愛を前にセラは溜息をついた。
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by eternal-d-soul | 2007-10-07 02:30 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
 広い部屋の中心に据えられた巨大なベッド。人がまるまる二人ゆったり寝ることの出来るキングサイズと呼ばれるベッドだ。それもただ単純に大きいだけではない。ベッド本体に施された派手すぎない装飾、布団も高級感のある光沢を称え、おおよそ一般人が買うことは……いや触れることすら無い可能性もある。それほどにそれは特別なものだった。
 そのベッドの上に横たわる人物……住屋庸司……白き鬼ルドウを身に宿す人間だ。
「く……ぐ……!」
 庸司がシーツを握りしめて身体をよじる。幼いながらも均整の取れた美しい顔立ち、病的なほどに白い肌と細い体付き……だが今はその顔は苦痛に歪み、全身から汗が溢れだしべっとりと服が肌に張り付いていた。
「庸司様……」
 傍らに佇む狩野が幾分か沈んだ声で語りかける。
「……お前のッ……! くっ……言いたいことは分かっている……」
「……」
 苦悶の表情を浮かべ、息を荒げながらも庸司の態度は変わらなかった。全身から溢れる気も衰える事はない。
「初めから力出し過ぎた……分かっている……ぐぅ!……」
 大きく身体を丸め、庸司は全身を襲う激痛に耐える。
「……」
 その様子を狩野はただ見守るしかなかった。従者である彼に今できるのはそれだけだ。庸司、つまりルドウが持っている潜在的な力は狩野の持っている力の比ではない。その力を全て使っても庸司はこの状態なのだ。狩野に出る幕はなかった。
 庸司を今襲っているのは何も特別な現象ではない。筋肉痛……関節痛……身体を酷使したことに伴う痛み、至ってごく普通の生理現象だ。だが、その強さが尋常ではなかった。肉を、皮膚を引き千切られ、無数の刃を突き立てられ、そして鈍器で骨を叩き砕かれたかのような痛みの嵐……。
本来ならば人が持つことの無い力、扱えるはずもない力……それを行使すれば人の肉体が軋むのは当然。通常ならば人の身体を徐々に鬼の力に慣らし、改造していくことで副作用とも言えるそれらを抑えることが出来る。ただ、ルドウはその過程を無視してカルナと戦った。その分反動はことさら大きく、人間としての庸司の身体を蝕んだ。
「それよりも……次の手筈は整っているのか……?」
「……はい、既に魔種を放っております。ですが、いいのですか? あの程度の魔種で」
 狩野は自分が召喚し、送り出した魔種を思い出した。その魔種はあまり高いクラスの魔種ではなかった。本来ならばもっと高いクラスの魔種も狩野は召喚できる。今回そうしなかったのは庸司にそう命令されたからだ。
「かまわない……今回は、な……ぐ……!!」
 庸司は苦しみながらもその口元に笑みを浮かべた。
「今回……は……?」
 狩野の表情が僅かに変わる。そこからは感情らしい感情は読み取れないが……強いて表現するならば、それは不信。
「時期に……分かる……ぐっ! あぁ!!」
 一際大きな痛みの波が庸司に襲いかかった。その衝撃に弾かれるようにして庸司の身体はベッドの上を転げ回る。
「……」
 そんな庸司の姿を狩野は能面のような表情で見ていた。何の感情も読み取れないが、それこそ能面のように表情が違っても見える奇妙な顔で。
「狩野……! もう行け……しばらく一人になりたい……ッ!!」
「はい」
 庸司に一礼すると狩野はくるりと身体を翻し、そのまま部屋から出て行く。
「ぐっ………かっ! はぁ!」
 狩野の背中には庸司の苦しむ声が響いてくる。しかし、あくまで狩野は振り返ることなく凍てついた表情のまま……いや、少しだけ眉を顰めて……その場を後にした。

4話終了・・・・続く
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by eternal-d-soul | 2007-09-20 01:46 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
 帰りに車の中で俺はずっと無言だった。車に乗っているのは俺と乾一さんと、セラだ。舞愛さんは支部にそのまま残っている。
聞かされた事実……それは俺の予想よりもずっと、比較にならないほど重い事実だった。俺の中にいるカルナ……それが世界の運命を握っている……大袈裟な言い方ではなく、そのままの意味。とんでもない重圧だ。
 車のウィンドウから見えるどこだか分からない景色が次第に見慣れた景色へと変わっていく。いや、違う。前も同じような感覚があった。同じ景色のはずなのに、どこか違う感覚……決定的に自分が違ってしまったんだという実感。
「仁君、着いたよ」
 ぼぉっとしているうちに車はどうやら俺の家の近所まで来ていたらしい。さすがに家の前までつけるわけにはいかない。近くの人気の少ないところに車は止まっていた。
「あ、は、はい……」
 俺は少し慌てて車から降りた。車の中から乾一さんが俺を心配そうに見ている。
「仁君……ショックだとは思うけれど、気を確かに持ってくれ……僕も、いや僕達も可能な限り君をサポートするつもりだ」
「はい……ありがとうございます……」
 返事はしたものの、声に力が入ってないことは自分でも分かった。
「それと……セラ」
「はい?」
 急に声をかけられて、セラが驚いてキョトンとした顔をする。
「仁君に着いていてくれ」
「ほぇ? マジっすか?」
 乾一の言葉に変な声をあげる。
「敵が急に現れるかもしれないし、もしもの時のためにね。それに、魔種や鬼、魔剣に関する知識の少ない仁君のサポートは絶対必須だろう?」
「まぁ、そりゃそうですけどぉ……」
 不満なのか、セラは子供のように口を尖らせる。
「サイズや移動が自由自在だし、本部や僕らの支部とも繋がっている。君がもっとも適役だと思ったんだけどね?」
「そりゃそうですけどぉー」
「セラしか居ないんだ。頼むよ」
 その後もセラは何かぶつぶつ呟いていたが、やがて溜息と共に顔をあげた。
「まぁー仕方ないね。しばらくお世話してやりますかー」
 だけど、それを聞いてびっくりしたのは俺の方だ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! さすがに家にいきなり女の子を入れるわけには……両親だってなんて言うか……」
「だいじょーぶ」
 そういうとセラはパチっと指を鳴らした。すると光がセラの身体を包み込み、その光が収まるころにはセラは手のひらに乗るようなサイズにまで小さくなっていた。
「じゃじゃーん!」
「え……ええ!?」
 常識離れした光景に俺は思わず声をあげた。セラはそんな俺の前で空中に浮いてクルっと一回転してみせる。妖精……そんなところだろうか? でもこれで動いてなかったら出来の良い人形という感じだ。しかもなんか二頭身くらいだし……。
「驚かなくてもいいんじゃない? だって、アタシは文章術式構成体だからね。実体があるわけじゃないし、こうやってサイズも自由自在なんだよー。さっき大師が言ってたじゃん? 聞いてなかった?」
「あ、ああー……」
 そういう意味だったのか……それにしても……。
「便利でしょ?」
「……うん」
 その通りだ。なんて便利な能力なんだろう。
「それじゃあセラ、仁君の事を頼むよ」
「りょーかい。まぁ大師に頼まれちゃ断れないよね」
 小さくなったセラはやれやれといった感じで首を横に振った。
「仁君、セラじゃ少し不安かもしれないけど、こう見えて結構頼りになるんだ。よろしく頼むよ」
「は、はい……」
「ちょっと! 大師! その言い方はヒドくないですか!?」
 セラは短くなった手足をバタバタを動かして乾一さんに抗議する。が、迫力なんてあったもんじゃない。というよりちょっと……可愛い感じだ。
「ははは、ごめんよ。じゃあ、僕は支部に戻っておくから何かあったら呼んでくれ。それじゃ」
 乾一さんはそんなセラを軽くあしらうと車を走らせていった。慣れてるんだろう。手際が良い。
「はぁ……まったく、大師は……」
 またセラはぶつぶつと呟く。けっこう根に持つタイプなんだろうな……このセラの前でヘタな事をすると後々大変そうだ……俺は内心そう思って苦笑いを浮かべた。
「それじゃ、さっさと仁の家に帰らないとね」
 いつの間に文句を言い終えたのか、セラが俺の目の前に浮かんでいた。
「そうだね。そろそろ帰らないと……って!」
「ん?」
「もうこんな時間!?」
 ふと開いた携帯電話を見て俺は目を丸くした。見間違いでなければ午前の三時を既に回っている。
「気付いてなかったとか?」
「あ、当たり前だろ!? こんなに時間が経ってるなんて……」
 確か家を出たのは9時ちょっとくらいだ。母さんにだって「ちょっと出てくるよ」くらいにしか言ってない。
「急いで帰らないと!」
「……今更遅いんじゃなーい?」
 セラの声が耳元で聞こえたが、俺はそんなことお構いなし走った。
「まったくもー」
 一分も走らないうちに家にまで辿り着いた。
「はぁはぁ……」
 外から見える窓には明かりは点っていなかった。父さんも母さんも寝たんだろうか?
「あ……」
 どうやら違うみたいだ。玄関の鍵がかかっていなかった。それに、キッチンのあたりに明かりがついているのが見える。
「どうしたの?」
「まだ、誰か起きてるみたいなんだ。セラどこかに隠れてくれないか?」
「おっけー」
 セラがまた光に包まれる。小さな小さな光になったセラは俺の服の胸ポケットの中に収まった。
「これでおっけー?」
「うん、大丈夫だ」
 セラの姿がまったく見えないことを確認して、俺は家の中に入った。
「仁? 帰ってきたの?」
 母さんの声が奥から聞こえた。玄関に入った音が聞こえたんだろう。
「あ、うん……」
 俺は少し気まずい感じを覚えながらゆっくりとキッチンの方に向かった。そこには寝巻き姿の母さんが居た。一個しか点けていない明かりの下で母さんの姿は少し儚げに見えた。
「……大丈夫?」
「……うん」
「そう……なら、良かった」
 それだけ言うと母さんは小さく微笑んで立ち上がった。
「……」
「男の子なんだから少しやんちゃな位が良いって思ってるけど、今度から遅くなるときは電話頂戴ね? じゃないと母さん寝不足になっちゃうぞ? お父さんはお仕事だから先に寝ちゃうし」
「うん……ごめん、母さん」
 俺は母さんの前で何も言えなくなって顔を伏せた。
「ほーら、そんな顔しないの。未悠ちゃんに笑われちゃうぞ?」
 母さんがそっと俺の髪を撫でる。それだけで心の中のモヤモヤが消えていくような気がした。まだ俺が確かにここに居る実感が沸く。
「そうだね……」
「それじゃ、仁、おやすみ」
「おやすみ、母さん……」
 母さんが寝室に行くのを見て、俺も自分の部屋に行った。
「いい人じゃん? 仁のお母さん」
「うん……」
 誰もいないのを見計らって小さいセラが姿を見せた。
「ちょっと羨ましいな……」
「え?」
 声が小さくてあまり聞こえなかった。
「とりあえず今日は疲れたでしょ? もう寝ようよ」
「……そうだね」
 今日は色々ありすぎた。色々ありすぎて、頭も身体も何もかもパンク気味だ。俺はセラの申し出をそのまま受け入れることにした。寝て起きて、そしてまた考えよう。戦おう。
「おやすみ……」
 誰にともなく呟いて俺は目を閉じた。

 ベッドに入って間もなく仁は眠りに落ちたみたいだった。ルドウと戦ったんだから無理もないか。後で戦闘のデータを見たけれど、あれだけ戦えるのは素直に驚いた。本人には災難でしかないかもしれないけど、とんでもない才能だ。
「……」
 アタシは目の前で眠る少年の姿を見下ろした。
「大師……あなたは一体この子に何をさせたいの?」
 大師には先見の明がある。多分全てお見通しなんだろう。でも、だったら……だったら何故……。
「……」
 少年は強い。才能がある。だけど、幼い。戦士になるにはあまりに脆い。優しすぎる。何も出来ない、何も知らない、そんな存在が何を成せる? アタシには分からない。
「でも……」
 あの大師が信じる、賭ける存在……今はただ見守るべきなんだと思う。
「おやすみ、仁」
 アタシは誰にともなく呟いて、姿を隠した。
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by eternal-d-soul | 2007-08-23 04:50 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
 たっぷり間を置いてから乾一さんは重い口を開いた。
「……魔剣には特定の固有波動のようなものがあるんだ。この波動が合わない人間は仮に魔剣に貫かれたとしても鬼と融合することはない。波動が合う人間だけが、魔剣を持つ資格を持っているんだ」
「それが俺だったってことですか?」
「その通り。東郷はそれをあらかじめ知った上で君と接触し、カルナを持たせた。あのルドウと共謀してね」
「そんな……」
 全ては東郷さんの計算の上だったってことなのか? あの蛙の化け物も、未悠が酷い目にあったのも? そして俺が夜学校に忍び込ませるように仕向けたのか? それもあんな化け物みたいなヤツと共謀して?
 俺の心にじくり、と何かが広がっていく気がした。
「君は東郷に言われて暁大学に行ったんだろう? あの場所にルドウが現れたのも恐らくは東郷の手引きだったんだろう」
「……」
 ……さすがにショックだった。色々あったけど、心の中ではまだ東郷さんを信じたい部分があったんだろう……。
 悔しさとも悲しさとも怒りとも憎悪とも、何かすらも分からない感情が俺の中に広がっていく。
「そしてもう一つ理由がある。ルドウはかつて三極鬼(さんきょくき)という神にも匹敵する鬼の一体だった。鬼の軍勢と魔種を従え、天魔の大戦を引き起こした三体の鬼神……それが三極鬼だ。
奴は他に二体居る三極鬼も目覚めさせようとしている……この人間の世界を壊し、自分達の世界にするために。もし、三極鬼の全てが目覚めるようなことになれば今の僕らでは太刀打ち出来ないだろう……勿論この世界の誰にも、それを止めることは出来ないだろうね……」
「そんな……」
 世界を壊す? まるで冗談みたいな話だ……だけど、あの力なら……。あの力なら? 世界を壊すほどの力を持つルドウ……それに対抗できた俺……カルナ……。
「ッ……!? まさか……!」
「……」
 俺がソレに気付いたことが分かったのか、乾一さんは険しい表情で視線を落とした。舞愛さんも、セラも暗い表情をしている。
「俺が……カルナが……その三極鬼の一体……?」
「……そうだ。東郷とルドウは、カルナを目覚めさせるための依代……いや、残酷かもしれないけれど生贄という表現の方が正しいのかもしれないな……それに君を選んだんだ」
 乾一さんが奥歯を噛みしめるような音が聞こえた。
「………」
 あまりの事実に愕然となる。世界を破壊する鬼達の頂点……その三体のうちの一体が俺の中に? 
 姿の無い恐怖感が俺の心を蝕んでいくのを感じた。
「俺は……俺はこれからどうなるんですか……?」
 俺は世界を破壊する鬼に成り下がるんだろうか……?
「唯一救いなのは、さっきも言ったように君のカルナは特殊なんだ。本来、カルナは二本で一対の魔剣だった。そのうちの一本は完全体だったルドウの力を封じるために使われ、今は行方不明……そのもう一本を君が手にしない限りカルナは完全な存在にはならない。そして、ルドウもまた完全な力を行使することは出来ない」
 二本一対だったカルナ……そしてその一本はルドウの力を封印するために使われた……カルナもルドウも本当の力を行使出来ない……カルナが対になり完全になるまで……。
「でも、それじゃ……それじゃまるで……」
「世界の命運の全てがあんたにかかってる……そう言ったって過言じゃないわね」
 ふいに舞愛さんが鋭い口調でそういった。最悪の予想は的中した。
「舞愛!」
 乾一さんが大きな声を上げる。でも、舞愛さんは真剣な眼差しと強い口調で続けた。
「いい? これはあんたが受け止めなくちゃいけない現実よ。どこにも逃げ場なんて無い。さっき、俺の意思で決める、なんて言ってたけど分かってるの? それがどういう意味なのか」
「……」
 俺は答えられずに口を閉ざした。世界の全てが俺にかかってる……? 
 まるで夢の中に居るようだった。とんでもない事実が待っている……それは理解していたけど、それにしたってスケールがあまりにも大きい。世界? そんなものを背負っていけっていうのか……俺に……。戦うしかないのは分かってる。だけど……なんて重圧なんだろう……とても抱えきれない……。
 もはや何かも分からなくなった感情達が出口を求めるように俺の中で渦巻く。だけど、どこにも出口はない。胸の中が引き裂かれたようだった。心が悲鳴をあげるっていうのはこういう感覚なのか?
「舞愛、君はいつも結論を急ぎ過ぎる……」
 乾一さんが眉間に皺を寄せて溜息をつく。
「大師……私は確かにあなたの事を尊敬してます。だけど、まどろっこしい話をしてたって現実は待ってくれないんですよ!? 私は……あなたのそういう所が嫌いです……」
 舞愛さんの言葉に乾一さんも口をつむぐ。
「……」
 全員の間に重苦しい空気が流れ始める。そんな中、口を開いたのは……
「あーあのさぁ……と、とりあえず今日の所はお開きにしようよ? ね?」
 意外にもセラだった。なんとか場の空気を取り繕おうと半ば引きつり気味の笑顔でみんなに視線を向ける。
「……そうするとしましょう。もう時間も遅いですし」
「……」
 乾一さんは心を落ち着けるように一息吐いて立ち上がった。舞愛さんは……俺の反応に納得しないんだろう。変わらない厳しい表情で視線を横にやった。
「僕の車で送っていきますよ」
「……ありがとうございます」
 世界を背負う……そう簡単に背負い込めるものじゃない。だけど、あれだけの事を言っておきながらいざその場になって何も言えない自分に……俺は悔しさと情けなさを噛みしめていた。
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by eternal-d-soul | 2007-08-09 04:26 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
訊きたいこと……訊きたいことは山ほどある。だけど、一番訊きたいことは……
「仁君が一番訊きたいこと……それは君が何になってしまったか、そうじゃないかい?」
「……はい」
 自分が一体どうなったのか……あの力、あの姿、そして何よりも全身を駆けめぐるあの感覚、戦いを楽しむかのような感情……その正体が知りたい。
「東郷にどこまで聞いたか分からないけど、端的に言うなら君は鬼になった。厳密には少し違うけれどね」
「鬼……に?」
 そういえば東郷さんも言っていた。『お前は鬼神になった』と。
「そう。魔剣というのは本来鬼を封じた存在なんだ。過去にあったと言われる天魔の大戦の時に封印された鬼達……それが魔剣の正体さ。そして、魔剣を身に受けたもの……分かりやすく言えば魔剣が刺さった者は、鬼の力を手に入れ、鬼となる。自分命が尽きるか、鬼の魂が朽ちるまで逃れられない宿命さ」
「……」
 鬼が封印されたものが魔剣……?鬼になる……?
「鬼になるというのは文字通りの意味さ。身も心も鬼と化す。もっとも、封印のせいで意思を完全に乗っ取られるまでには時間がかかるけれど」
「乗っ取られるって……じゃあ俺は……」
 聞いた瞬間に寒気が走った。鬼と一体に?鬼になったって……それじゃあ俺はいつかあの声の主に、カルナに乗っ取られてしまうっていうことなのか……? 
 あのルドウは意識を乗っ取られた人間……あんな風になってしまうのか?
 そう思うと全身から血の気が引いていく気がした。
「いや仁君の場合は大丈夫さ。あの庸司という少年のように意思を鬼に完全に乗っ取られることにはならない。君のカルナは特殊なんだ。今は鬼の意思の力が弱い。だから君は鬼の力を持ちながらも意思を保っていると言うわけさ。
もっとも、戦い方を見てると若干の影響は受けているみたいだけどね。まぁでも心配するほどじゃない。君が精神的によっぽど参っていない限り、今はまだカルナの意思に良いようにされることはないだろうから。そこは安心してくれて大丈夫さ」
 乾一さんの言葉を聞いてほっとした。
「身も鬼に……っていうのは鬼の姿なる、つまりは鎧殻を発動するだけじゃなくて、その身体起きる変化のことも指してるんだ。もう少しは実感があるんじゃないかい? 運動能力そのもの向上と驚異的な治癒能力、それも鬼になったことによって身に付く能力だよ」
「運動能力に治癒能力……」
 確かにここ最近反射神経なんかが随分よくなってきたような……体力はあんまり変わってない気がするけど……。治癒能力ってのも最初の時を思い出せば納得できる。
「それと鎧殻を纏ったり、そのときに使える力。運動能力を極限にまで引き出したり、鬼の本来の力である“爪”や“牙”の能力、それに鎧殻の持つ攻撃を緩和する力……発動できる時間や、使える能力は限られてるけれどね。そもそもあれだけの力に人の身体は長時間耐えられないし。だから普段は腕輪の形で力を眠らせているわけさ。柄はその眠りを解くためのカギといった所さ」
「なるほど……あながち悪いことばっかりでも無いんですね」
でも、そういえば……
「……でも舞愛さんは? 舞愛さんも魔剣を……」
 そうだ。鎧殻を纏った姿は見ていないけど、確かに魔剣を持っていた。あの腕輪と柄は間違いなく魔剣のはずだ。俺のカルナが特殊な存在だとすると、舞愛さんの魔剣は普通の魔剣ってことじゃないのか? だったら……もしかして……
「私や大師、他の天のメンバーが持ってる魔剣は本当の魔剣じゃないわ。鬼の魂を完全に消し、剣という器にしてから「天」の高名な術師数人分の力を込めた魔剣……まぁ私達は天魔剣って呼んでるけどね。ネーミング安直すぎてダサイけど」
 舞愛さんは溜息混じりに言った。確かに舞愛さんのセンスとは合わない名前だと思う……。乾一さんはそんな舞愛さんの言葉に苦笑いを浮かべて、
「ダサイかどうかは置いておいて、舞愛君の言う通りさ。魔剣と似た性質を持ちながら僕達が乗っ取られたりすることなく使うことが出来る鬼や魔種と戦うための最強の武装、それが天魔剣さ。鬼の魂が入ってなければ力を込めて、それを具現化して使える便利な物……誰が作ったかも、作り方も分からないからね、リサイクルさせてもらってるってわけだよ」
「そういうことなんですか……」
 よく分からないけどそんな事が出来るのか……。
「まぁ、あんまりスマートじゃないわよねー。使えるモンはなんでも使っとけ! みたいなさ」
 舞愛さんは肩をすくめて言った。そんな舞愛さんを横目にセラが、
「そういう舞愛だって天魔剣使ってるクセにさー」
 さすがに鋭いツッコミだ。しかし、舞愛さんは特に悪びれた風もなく、
「そりゃー便利なものは使わないと損じゃない? 作られたからには使ってあげないと物が可哀相だしね。仕方なくってわけよ、仕方なく」
「まーそうだよねー。使わないともったいないよね」
「その通りよ」
 二人して「うんうん」と頷いてるが、結局を天魔剣が作られたとの同じ理由じゃ……。
「でもそれなら……」
 何かおかしい。天魔剣……そんなものがあるならなんでカルナを俺に持たせる必要があったんだ? 東郷さんは言っていた『我々の最後の切り札だ』と。それに、ルドウの言っていた言葉……。
『哀れだな。自らが何になったのかも……いや何にされたのかも分からずに戦うか……』
 あの言葉の答えも分からない。そもそも東郷さんは何故俺に魔剣を……。
「何故僕達が東郷を裏切り者と呼び、そして何故カルナを君が持つことになったのか……それが気になるんだね?」
 俺の表情の変化を読み取ったのか乾一さんが訊いてきた。それにしても驚くほど正確に考えてることを当ててくる。よっぽど乾一さんが鋭いのか、それとも俺が単純過ぎるだけなのか……。
「はい。魔剣が何なのかは分かりましたけど、なんで俺がカルナを持つことになったのか……やっぱり理由は知りたいです」
「そうかい……」
 乾一さんは顔を少し伏せた。
「……この事実確実に君を追い込むことになる。僕としても一般人の君には平穏に暮らして欲しいとは思ってる……そうもいかないことは君も理解しているだろうけど……だけど、知らないことが良いことだってある、君もそう思うだろ? それでも、知りたいかい?」
 随分と怖いことを言ってくる……だけど、乾一さんのタイプから考えて多分そのままの意味なんだろう。知らない方が良い事実、か。だけど……。
「それでも俺は知りたいです。何も知らなければ幸せなのかもしれないけど……これから起こることに何も知らないまま流されるなんて嫌です。どうせ巻き込まれるなら俺は、俺の意思で決めていきたい」
「……いいのあんた? 絶対後悔するわよ?」
 舞愛さんまでもが厳しい顔で言ってくる。でも、気持ちは変わらない。
「そうかもしれませんけど……でも、それでも知りたいです」
「……」
 舞愛さんはまだ何か言いたそうに見えたけど、そのまま何も言わずに視線を俺から外した。この反応はそれこそよっぽどの事なんだろう……。
「ま、まぁ知っておけば最低限心構えくらいはできますし……知らないとモヤモヤするって言うか……」
 言うだけ言ったが段々少し恥ずかしくなってきた俺は照れ笑いを浮かべながら言った。何主人公ぶってるんだか……俺は。
「……説明するしかないんだろうね。君の意思も堅そうだし」
「はい」
 俺は大きく頷いた。答えるように乾一さんも大きく頷いた。
「分かった。説明しよう……」
 そう、もう後戻りなんか出来ないみたいだし……それならいっそやるだけやってやるだけだ。周りに流されっぱなしなのも癪だし……そのためには何でも聞かなきゃいけない。じゃなきゃ何も分からないから。
 俺はこの時覚悟を決めた。これから始まる戦いに身を投じる覚悟を……。
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by eternal-d-soul | 2007-07-25 06:31 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
「天」という組織の支部。そう聞いたとき俺は街外れにある古びた大きな館だとか、由緒正しい寺院か何かだとか、地下に作られた空間だとか、そんなものを想像していた。だが、実際はというと……。
「……」
 街外れ、という点は間違っていなかった。実際、俺の住んでいる都心部付近からは大分離れた田園風景がちらほら見え始める場所にそれは建っていた。
「さぁさぁ、遠慮無く上がるといいよ」
 手招きをして乾一さんが俺を促す。玄関の中から。
 そう、そこはごく普通の民家だった。ごく普通といっても、昔ながらの日本家屋でそれなりに敷地も広い。あちこちに老化が目立つ建物だが逆にそれが年月の重厚感を感じさせ、趣深いものとなっている。しかし逆に言えばそれだけだった。外見、特に特殊な所にはみえない。
「何やってるの?早く上がりなさいよ」
 いつの間にか舞愛さんまで靴を脱いで中に上がり込んでいた。その慣れた様子から、どうやら本当にここが支部というヤツらしいことが分かった。大体の予想からは大きく裏切られたけれど。
「は、はい……」
 俺は少し戸惑いながらも、靴を脱いで……揃えて……家の中へと足を踏み入れた。
「じゃー舞愛君、仁君を客間に案内しておいてくれ。僕はお茶でも煎れてくるよ」
 そう行って乾一さんは軽く微笑むと長い廊下の奥の方に消えていった。
「そんじゃ、とりあえずこっちね」
 舞愛さんは随分慣れているらしく、玄関から左の廊下に入り、少しいったところにあった襖を開いて中に入った。俺もそれに続くように中に入る。
「うぁ……」
 思わず声を漏らした。現代住宅の俺の家からは想像できない広さの客間だった。四〇畳ほどの広い和室。その真ん中を通すように来客用のテーブルが据えられている。部屋の角には座布団が積まれ、襖や壁のあちこちには鳥や植物の絵が描かれ、上の方には額に納まった恐らく先祖の写真と何枚かの表彰状の様なものが飾ってあった。
「まぁてきとーにその辺に座りなさいよ」
 舞愛さんがひょいっと座布団を掴んで俺に投げ渡してきた。舞愛さん自身も自分の座布団を取って畳の上に置き、どっかと胡座をかいた。
「ん?どしたの?」
「え、いや……」
 正直言って、舞愛さんの派手な洋服とこの家の和の色とのギャップが凄いことが気になったのだけど、口を閉じておいた。自分だってこんな和風の家に合う服装というわけでもないし。
 習うようにして俺は座布団の上に腰を降ろした。もっともさすがに緊張しているので正座で座ったが。なんとなくそっちの方が合ってる気もするし……。
 ヒマを持て余し始めてからしばらく、その声は突然降って沸いてきた。
「おっかえーり! 舞愛!」
 その声は真下から聞こえてきた。
「!?」
 俺は慌てて周りを見渡してみるが、どこにも人の姿は見えない。
「相変わらず元気ねぇ、セラ」
 キョロキョロと人影を探す俺に対して、舞愛さんは実に落ち着いたものだった……単に欠伸をしながらテーブルに突っ伏しているだけとも言えるが。
「本体からのチャージが終わったからねー。ばりばりだよー?」
 その少女はテーブルの真ん中から現れた。別にテーブルに隙間があったとか、穴が開いていたとかそういうことではない。某マジシャンのマジックみたいに平らな机から顔をだし、まるで穴から出るかのように「よっこいしょ」と言いながら机の上に手をついて身体を机の上に持ち上げた。
「え!? えええ!?」
 少女はそのまま机の上にぺたん、と座った。見た目は十代の前半。日本人らしからぬ褐色の肌を持つ少女が着ている服は、舞愛に負けずかなり奇抜なデザインだった。ベースは黒のワンピースなのだが、その表面には紫色の装甲板のような飾りがあちこち疎らに着いている。また、銀色にキラキラと光る髪の上には装甲板と同じく紫色の猫ミミのようなデザインを持つ大きな飾りを着けていた。
 褐色の少女は俺の方を見て首を傾げた。
「こいつだれ?」
 初対面から“こいつ”とは……なかなか手厳しい。
「お、お前こそ誰なんだ!? いきなりテーブルから出てくるし……」
 おっかなびっくりの俺を無視して、少女は値踏みするような細い目つきでこっちを見ている。
「んー……」
「こらこらセラ、テーブルの上には乗ってはダメだと言ってるだろう?」
 そこに襖が開いて、お茶の乗った盆を持った乾一さんが客間に入ってきた。渡りに船とはこういう事を言うんだろう。
「ジン?だれ?」
 セラというらしい褐色の少女は、言われるままにテーブルを降りると乾一さんの前に立った。もともと長身の乾一さんと並ぶとセラという少女の小柄さが一層際だつ。
「新しいカルナの適格者……そう説明するのが一番適当かな?」
 言いながら乾一さんは湯気の立つお茶を俺の前に置く。
「ふーん……さっぱり冴えないけど、強いの?」
 可愛い少女の外見のわりに本当に辛口だ……。
「それなりに。あのルドウを一人で撃退したくらいだからね」
「へぇ……」
 言うわりにはあまり気のない返事だった。いやいや、そんなことより……。
「乾一さん、この子は一体……」
「ああ、説明してなかったっけ?この子は文章術式構成体端末の一人さ」
「え……?」
 何か良く分からない単語を出されたような……。
「まぁ、早い話が人造生命体みたいなもんよね」
 大欠伸をしながら舞愛さんが机から身体を起こす。その顔はまだ寝起き状態で緩みっぱなしだ。
「人造生命体……」
「僕たちや鬼が使っている術式に「文章術式」というのがあるんだ。文字に力を込める……とでも言うのかな? セラはその術式によって作られた生命さ」
「そのとーり」
 セラはうんうんと乾一さんの横で頭を上下に振った。どことなく乾一さんの動きに似ているような気がする。
「だから机をすり抜けられたりしたのか……」
 さっきの驚愕の光景と今の説明。以前の俺なら笑ったところだろうけど、今は普通に納得してしまう。
「アタシはエネルギーだけで実体が無い端末だからねー。本体にはちゃんと実体があるんだけどね」
 そういってセラは襖をすり抜け、向側から顔だけ出してみせる。そこだけ見たらちょっとしたホラー映像だ。
「これで結構セラも役に立つんだよ? そういうわけでよろしくしてやってくれ仁君」
「は、はぁ……」
 来て早々とんでもない光景を見てしまったけれど、こういうことがあると支部っぽい雰囲気を感じる。確かにここは非日常の中にあるんだと。
「さ、というわけでみんなでお茶でも飲みながらゆっくりしようじゃないか」
 乾一さんは残ったお茶を舞愛さんの前、そして自分の前に置いた。
「……仁君も色々と訊きたいことがあるだろうしね」
「……」
 騒がしかった空気が少しだけ、静かに、そして重くなったように俺は感じた。
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by eternal-d-soul | 2007-07-13 01:14 | 連載小説:剣客奇譚カルナ
深夜を回り、ほとんど車通りが無くなった郊外の道を一台の黒のワンボックスカーが走る。運転席に座っているのは乾一、そしてシートが倒されてフラットになっている後部座席には舞愛と仁が乗っていた。
「ん……」
車の後部シートで横になっていた舞愛が目を覚ます。
「良かった……大丈夫ですか? 舞愛さん」
 仁が声をかけると、まだ意識がはっきりしないのか少し掠れた声で、
「ここは……?」
 と呟いた。
「やぁ、目が覚めたようだね舞愛。ここは僕の愛車、『ケンちゃん号 3世』の中さ」
 運転席でハンドルを握る乾一がバックミラー越しに舞愛にウィンクする。
「大師……? なんで……私は……」
 寝たままの体勢で頭を押さえながら舞愛が呻く。その隣に座る仁が心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ッ!? なんであんたがここに!?」
 咄嗟に起きあがろうとした舞愛の頭と仁の頭が激突する。
「がはっ!」
「いたっ!」
 車内に響き渡る大きな音がして、二人が同時に頭を押さえた。
「あはははっ! 二人ともいつの間にそんなに仲良しになったんだい?」
「なってないです!」
 そんな二人の姿を見て運転席で面白そうに笑う乾一を舞愛が睨む。
「だいたい! なんでこいつがここに……大師の車に乗ってるんですかっ!?」
 舞愛が未だに頭を押さえている仁をビシっと指差した。当たり所が悪かったのだろう、まだ痛みが残っている様子で仁は頭を押さえている。その目尻に涙すら光っていた。
「なんでって、今から僕たちの支部に連れて行くからに決まってるだろう?」
 不思議そうな顔で、というよりは、とぼけた顔で乾一は首を傾げた。
「支部にって……分かってるんですか!? こいつはあの東郷の回し者なんですよ!?」
 舞愛の言葉に険がこもる。
「いや、それは誤解だ」
「へ?」
 あまりにあっさりと乾一が否定の言葉に舞愛が拍子抜けする。
「誤解ってどういう……」
 舞愛が仁を見る。仁は浮かない表情で視線を落とした。
「彼も東郷の被害者ってことさ」
「それって……」
 舞愛の表情が急に暗くなる。言葉は少ないが、その意味するところは彼女にも一瞬で理解できた。
「東郷はほとんど何も説明せずに……いや強引にと言うべきかな? 仁君にカルナを持たせたということさ。まぁ、詳しい話をするために支部に来てもらおうと思ってね……今後ともどんな形にせよ、僕たちに関わることになるだろうしね」
 乾一の声の調子は変わらない。明るく軽いトーンだ。だが、車のフロントガラスに映る表情は暗く辛く曇っていた。
「ごめんね、仁……私、誤解してたみたいで……」
 ひどく沈んだ表情と声の舞愛を見て、仁は精一杯明るい表情を浮かべた。
「大丈夫ですよ。ちょっとびっくりはしましたけど」
「ごめん……」
 今までの威勢の良さはまるきり残っていない。舞愛は今にも泣き出しそうなほどの表情で、ぐっと拳を握りしめた。
「謝るよりも礼を言うべきだよ、舞愛。あのルドウから君を守り、その上退けてしまったのは他でもない仁君なんだからね」
「えっ・・!」
 舞愛が驚きに目を見開く。
「まさかほとんど戦闘経験のない仁君が、ルドウを撃退してしまうなんてね。正直僕も驚いてるよ。幸か不幸か、仁君とカルナの相性は凄まじく高いみたいだ」
 乾一はハンドルを握ったまま小さく肩をすくめた。
「それに、あの時……気絶してる舞愛をルドウが攻撃しようとしたときに、身を張ってまで守った仁君の勇姿といったら……いやぁ格好良かったよ」
「えっ」
 乾一の言葉に舞愛の頬が赤くなり、視線が泳ぐ。
「そんな……俺はただ夢中で……」
 仁は気恥ずかしそうに顔を伏せた。
「ちゃんとお礼は言っておかないとね?」
「……」
 促されるようにして舞愛はようやく仁の方をちらっとだけ見た。
「……ありがとう」
 車のエンジン音にかき消されそうなほど小さな声だったが、仁の耳には確かに届いた。
「い、いや……その……あの……」
 仁も同じように顔が赤くなる。
「いやぁ、若いね。実に若い。若いことは良いことだねぇ」
 乾一は喜色満面で「うんうん」と何度も頷いた。
「あれ? でも…………なんでそんなことまで大師は知ってるんですか?」
 どこからか「ギク!」という音が聞こえたような気がした。それほど乾一の反応は分かりやすかった。その瞬間、車内に殺気のようなものが充満し始めた。
「あー……いやー……ほら、さっき仁君から聞いて……」
「……俺は特に何も話してないと思うんですけど」
 即座に否定。立つ瀬がない。
「なるほどなるほど……ずっと見てたわけですね? 大師……ルドウが出てきて、私が酷い目にあったっていうのに助けてくれなかったわけですね?」
「あーいや……その……ほ、ほら! 仁君を信頼してたっていうか!」
「さっき『正直僕も驚いてるよ』とか言ってませんでした?」
 魔剣を使っているわけでも無いのに、仁には舞愛の頭から角が生えているが見えた気がした。
「え、えーと……」
 いよいよ乾一が言い訳を思いつかなくなったところで殺気が爆発した。
「このクソ大師がー!!」
 舞愛が座席の後ろから乾一の首に掴みかかる。
「あわわわ!!危ないって舞愛!放してくれよー!!」
「部下を見捨てるような輩にはお仕置きが必要よね!? ねっ? 仁?」
「あ……はぁ……まぁ、多分」
 有無が言える状況ではなかった。ある意味ルドウにも匹敵する迫力だ。
「仁もああ言ってるし……覚悟して下さいね? 大師?」
 にんまり、と悪魔のような笑みを浮かべて舞愛は乾一の首をギリギリと締め上げていく。
「あぶぶぶ!ぎ、ぎ……ぶ……」
「死ね! このバカ大師!!」
 車が大きく左右に蛇行し始めるが、舞愛はそんなことお構いなしだ。段々と乾一の顔色が青く変色していく。
「や、ちょ……まい……」
 力無く乾一が舞愛の手をポンポンとタップする。
「思い知ったか! このハゲ大師!」
 ついさっきまで気を失っていたとは思えないほど元気な声で舞愛は笑った。対する乾一はチワワのようにブルブルと震えている。
『大丈夫かなぁ……』
 仁は元々の心配事よりも、乾一や舞愛とこれから付き合っていくであろう事実に不安を覚えた。色々な意味で。



3話終了・・・・続く
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by eternal-d-soul | 2007-06-27 05:05 | 連載小説:剣客奇譚カルナ