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管理人山猫礼と副管理人ユースケによる小説と絵のブログ 毎週水曜更新b


by eternal-d-soul
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剣客奇譚カルナ 5話 No.01

 仁が庸司と戦い、天に属するようになってから一週間……彼の周りの時間は、彼が思っていたよりも随分と平和に回っていた。
「あーもう! 仁! そこ違う! こっちだってば!!」
「わ、分かってるって! こっちだろ? こっち!」
「あーだからもぅ!!! 違うって!! こっちー!!」
 彼は今、退院した未悠や他の生徒会役員、クラスメイト達と文化祭の準備に追われている。勉強に、クラスの出し物の手伝いに、生徒会の仕事にと彼は忙しい生活を送っては居たが、同時に充実したものだとも感じていた。
それはどこにでもある高校生の生活。しかし、彼が確実に失い掛けている日常であった。
「随分楽しそうじゃん?」
「ん? ああ、まぁね」
 休み時間になった彼は缶コーヒーとサンドイッチを片手に屋上に出ていた。セラがいつも付いている(憑いている?)ため人気が少ないここに来るのが最近の定番になっている。ここならセラも伸び伸びと通常の人の姿になれる。セラ曰く、小さくなったり姿を消したりすると肩が凝るそうだ。とはいえ実体があるわけではないから、「精神的な問題」ということらしい。
「大変だけどやりがいはあるしな。なんかこう……自分の力を出すぞ!っていうかね」
 仁が缶コーヒーをぐっと握って力強く言う。
「ふーん……まぁ、ちんたらちんたら遊んでるよりは有意義なのかもねー」
 セラの言葉に仁の力がカクっと抜けた。
「ははは……手厳しいなぁ……」
苦笑いをしながら仁はサンドイッチをほおばった。
 仁はこのセラの辛口にもかなり慣れてきていた。当初こそ戸惑いもしたが、慣れてしまえばなんてことはなんのことはない。少し口の悪い友人はたくさん居る。セラの存在が仁の中の「悪友リスト」に名を連ねるのにそう時間はかからなかった。
「それにしてもみんな頑張るよねぇー。なんでこんなことに張り切ってるの?」
 セラは大きく欠伸をしながらグラウンドで忙しなく模擬店の準備をしている生徒を眺めている。
「なんで……って言われるとちょっと困るかもなぁ。学校行事だし、それなりに楽しい殻……ってとこかな?」
「ふーん……」
 仁の釈然としない答えを聞きながらも、セラが一瞬寂しそうな顔を見せた。いつもの子供っぽい雰囲気のセラとは違う別の顔……仁はその表情にどこか胸騒ぎを覚えた。
「セラ?」
「あ! ここに居たの? 仁」
 仁がセラに何か訊くよりも早く、ドアが開いて未悠が屋上に姿を見せた。
「み、未悠……!?」
 仁が慌ててセラを隠そうとする、がすでにそこに彼女の姿はなかった。キョロキョロと周りを見る、がやはり姿はない。すると耳元で、「そんなヘマするわけないじゃん?」と小さい声が聞こえた。
「どうしたの仁? なんかあったの?」
 挙動不審な仁を不思議に思い未悠が首を傾げる。
「い、いや……」
『もう姿を消したのか……』
 こうなると仁にもセラの姿は見えない。もともと実体がないから姿を消すのも小さくなるのも大したことはない……仁はそうセラから聞いていた。
『それにしても早いなぁ……』
 とはいえ実際に見たのは初めてなので、仁は驚くやら関心するやらだった。
「ふーん、ま、いいわ。ご飯食べよ?」
 そんな事情があるとは知らない未悠は、不思議がりながらも仁の横に座った。そしてその手に持った特大の包みを仁の前にドン!と置いた。
「な、なんだ……コレ?」
「何って……ご飯よ。お昼ご飯」
 未悠が慣れた手つきで包みを取ると、その中から三段重ねになった弁当箱が姿を現した。フタを外し、三段になった弁当箱が仁の前に広げられる。
「どう? これ? なかなかでしょ?」
「確かに良いデキだけど……」
 未悠は得意げな顔で胸を張った。確かに未悠が取り出したお弁当はかなり出来がいい。その見栄えもさることながら、彩りの加減や栄養バランスもかなり考えて作られている。
 しかし、そんなお弁当を見て仁が口にした言葉は……
「未悠……お前いつからこんなに食うようになったんだ? 太るぞ?」
 食品の知識以前に彼には思慮深さが欠けていた。
「なっ!!??」
 未悠の顔がみるみる真っ赤になっていく。それに反比例するように仁の顔はどんどん青ざめていく。
「あ、あの~……未悠……さん?」
 怒りオーラを発散する未悠を前に仁は『な、何か悪いことを言ったのか……?』と冷や汗を流した。
「あんたねぇ……どう考えたら私がコレを全部一人で食べるのかしら……?」
「あ、その……えーと……」
 仁はしろどろもどろになりながら必死に言い訳を考えるが……生憎、彼の頭はそういった方面にはめっきり向いていなかった。良案が出るはずもない。嘘も方便、とはよく言ったものである。こういった時にこそ本当に必要なのだろうに。何も浮かばなければ何の意味もない。
「じーんー……!!」
「ひぃ……!」
 今まさに殴りかかられようかという所で、横から襲いかかる殺気がふっと消えた。
「……??」
 仁の経験上、このパターンでは例外なく攻撃を食らうはずなのだが……。
「ま……こんなんで怒ったって仕方ない、か。仁は“にぶちん”だし」
「え?」
 未悠はふぅっと溜息をついて、殴りかかるために半分浮いていた腰を降ろした。そして掛けていた眼鏡を外す。
「そのお弁当は仁のために作ってきたんだよ?」
 仁から少し目線を外して、どこかバツが悪そうに頬を赤くしながら未悠が言った。
「えっ!?」
 仁の方も仁の方で予想にない言葉を聞いて視線がフラフラと動き、先程よりもよほど落ち着かない様子でオロオロしている。そんな仁と同じように未悠も落ち着かない様子で、
「ほら……仁、あの時私のこと助けてくれたでしょ? そのお礼っていうか……なんていうか……お見舞いとか来てくれ嬉しかったし……だからその……仁いつもロクなもの食べてないしさ……とにかくたまにはまともな物をっていうか……だから……その……」
 最後の方の言葉はほとんど消えかけていた。
「あ、ありが……とう……」
 仁も顔を赤くしながら目を逸らせた。
「と、とりあえず食べてよ!」
「あ、う、うん……」
 弁当箱と一緒に包んであったお箸を取り、おずおずと仁が料理に箸を伸ばす。
「おいしい……?」
「……うん……おいしい」
「……」
「……」
 妙な無言の時間が流れる。仁がゆっくりと未悠の方に目を向けると、
「うそ。今微妙に間があった!」
 ジト目の未悠がそこに居た。
「う、うそじゃないって!!」
「おいしそうに食べてない!」
「そんなこと言ったってよ!」
「じゃあ、なんなのよ!!」
 一瞬の良い雰囲気はどこ吹く風、あっという間に何を言っているかも分からないような言い合いに変わってしまった。いや……それでも二人はどこか幸せそうに見えた。少なくとも、姿を消して側に居たセラの目からは。 
「……」
 仁と未悠。二人の姿を横目にしながら、セラはその場からゆっくりと離れた。それは普通の日常、というものが少しセラには痛かったからかもしれない。
「……?」
 セラが何かを感じて辺りを見回す。だがそれが何なのか、どこからなのかは感じた時間があまりにも短すぎて分からなかった。
「……とりあえず舞愛に連絡しとく、か」
 気乗りしなかったが、仕事は仕事。万が一に備えるのは大事だ。セラはそう言い聞かせて気を集中し始めた。セラの意識が、いやセラ自体が飛ぶ。龍脈と呼ばれる気の流れに乗り、舞愛の居るところまで飛んでいく。

 そこは人気のない無人の教室だった。その中ほどの席に一人の少女が眠っていた。メッシュの入った髪、目を引く派手な服装……舞愛だ。
「……いあ! 舞愛!」
「……?」
 セラの声に舞愛が目を覚まし、のっそりと起きあがる。その動きはとても年頃の女の子には見えない。どちらかと言えば二日酔いのオヤジが苦しみながら起きあがってるような印象だ。
「どうしたよー……眠いのよー……」
 寝ぼけながら舞愛がセラに答えた。
「もー、しっかりしてよー! 仁の学校に変な気を感じたんだから!」
「へんなき……? どんな木……?」
「あー……ダメだこりゃ……」
 寝起きが最悪の舞愛を前にセラは溜息をついた。
by eternal-d-soul | 2007-10-07 02:30 | 連載小説:剣客奇譚カルナ